カテゴリー「中秋明月祭にまつわるお話」に含まれる記事

新疆ウイグル自治区から歌舞団来演予定

新疆ウイグル自治区は中国の北西部に位置し、「新」と略称され、かつては「西域」と呼ばれ、面積は166万平方㌔で、中国の総面積の6分の1を占め、行政面積の最も大きな省である。

北東部はモンゴル、西はロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、南西部はアフガニスタン、パキスタン、インドと接し、国境線は5600㌔もあり、国境線の最も長い省(区)である。

ウイグル族を主にカザフ族などイスラム教徒の少数民族が多数住んでいる地区だが、もちろん漢民族も少なくない。

今回の歌舞団の構成の詳細はまだ不明だが、歌や踊りが好きな民族が多い地区なので、楽しみなパフォーマンスがお見せできるでしょう。

月を詠じる詩ーその1

月を詠じた詩は古来あまたある。その中でも最も有名なのは、宋の詩人蘇軾(蘇東波)の『水調歌頭』であろう。

昨年の中秋明月祭2010のポスターにも使われた。次にその原文と訳文を紹介してみよう。

明月幾時有

明月 幾時より有るや

把酒問青天

酒を把って 青天に問う

不知天上宮闕

不知ず 天上の宮闕

今夕是何年

今夕 是れ何の年ぞ

我欲乗風帰去

我れ 風に乗って去かんと欲す

又恐瓊楼玉宇

又恐れる 瓊楼玉宇

高処不勝寒

高き処は 寒に勝えざらんことを

起舞弄清影

起ちて舞い 清き影と弄る

何似在人間

何ぞ似ばん 人間に在るに

轉朱閣

朱閣に転じ

低綺戸

綺戸に低れ

照無眠

無眠を照らす

不応有恨

応に恨有るべからざるに

何事長向別時圓

何事ぞ 長えに別時に向いて円なり

人有悲歓離合

人には 悲歓離合あり

月有陰晴圓缼

月には 陰晴円欠あり

此事古難全

此事 古より全う難し

但願人長久

ただ願わくは 人長久に

千里共嬋娟

千里 嬋娟を共にせんことを

 

詩の大意――明月はいつから出ているのだろうか? 酒杯をあげて天に尋ねたい。天上の宮殿では今年は何年なのだろうか? 風に乗って天上に行って見たいものだ。だが天上の大理石や玉の御殿はあんなにも高いのだから、寒くてとても私には堪えられないだろう。月の下で踊れば影が私について踊る下界の楽しみを天上ではどうして味わうことができようか。月光は美しい閣楼をあまねく照らし、彫刻のある窓から部屋の中までさしこんできて、眠れない私を照らしている。月が丸いのは恨むべきではないが、なぜ人々が離ればなれになって孤独でいる時に、まん丸くなって団らんを象徴してみせるのだろう。人間には悲しみ、喜び、別れ、めぐりあいなどがあり、月にはくもった時、晴れた時、欠ける時、丸い時などがある。これは昔からのことで、完全無欠な事はこの世にはないのだ。それは又それとして、私たちはいつまでも無事でいて、千里も離れていてもこの夕べの美しい月をいっしょに賞でようではないか・・・・・・・・。

この記事の出典はChina Internet Information Center.によるものである。

 

 

「ヤンコー踊り」=中国語「秧歌」について

 やんごう

 18オープニングプログラムの「秧歌」(yang ge=「ヤンコー踊り」について少し紹介したい。

 

この踊は日本の盆踊りのようなもので、中国の主に東北地方の農民が豊作を祝って踊る、民衆の素朴な踊りである。

 

チャルメラや銅鑼・中国シンバルの音楽に合わせ、両手に赤や黄色の小さな布を持ち、左右に手を振りながら、3歩前進して1歩下がるというステップを踏む、簡単なリズムで誰でもすぐ覚えられる踊りである。

 

今でも何かお祝い事やお祭りの時に自然とみなが踊りの輪の中に入っていくということは中国東北地方の農村ではしばしばみられる光景である。

 

1931918日に中国遼寧省瀋陽市柳条湖付近で旧日本軍が起こした鉄道爆破事件に端を発していわゆる「満州」の全面支配へと向かった日である。

 

この「秧歌」(yang ge=「ヤンコー踊り」を踊る「日本帰国者連合会」の皆さんはいわゆる「残留孤児」の家族で構成された団体のメンバーである。

 

彼らの先祖は旧「満州」の開拓移民として中国に渡り、一時は現地での生活が幸せであった時期もあったが、旧日本軍が敗走したあと、現地に取り残されその後いろいろ辛酸をなめてきたひとたちである。

 

それから80年たって平和になった今日、再びあのような悲惨な戦争が繰り返されないことを祈念しての、喜びの踊りとしてのパフォーマンスとなることでしょう・・・・・・・。

 

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